俳句の作り方 田打の俳句
生きかはり死にかはりして打つ田かな 村上鬼城むらかみきじょう
いきかわり しにかわりして うつたかな
田打が春の季語。
「田の土を起こして柔らかくし、田植えに備える作業。
機械化が進む前は牛馬を使うことが多かった。」
(俳句歳時記 春 角川書店編)
生きかはり死にかはりして打つ田かな
生きかはり死にかはりして打つ田かな
句意を申し上げます。
生きている者が次々に入れ替わり、また次々に死んでいくものがあって変わらず田を打ち続けてきたんだなあ。
鑑賞してみましょう。
田を打つ音には不思議な落ち着きがあります。
遠くで響くそのリズムを聴いていると人の営みがゆっくりと行われているのを知ることができます。
季節が巡るたび、同じ景色の中で誰かがまた田に向かうのです。
掲句はただ農作業を描いただけではありません。
私は人の生と死の入れ替わりを静かに見つめています。
祖父が打ち父が打ち、そして今、私が打っています。
人は移ろうのに田は変わらずそこにあり続けるのです。
田を打つ音は過去と未来をつないでいます。
その響きの中に、私たちの短い命と営みの長い連なりが絡み合っているのです。
今日も私は田を打ちます。
田打ちは胸の奥に静かなともしびをもたらせてくれます。
生きかはり死にかはりして打つ田かな
